元気なことがトレードマークの馬瓜エブリンの声が、急に小さくなった。
6月22日、札幌で行われたオーストラリアとの強化試合に勝利した後のミックスゾーンでの取材中のこと。この日の試合での馬瓜姉妹は、姉のエブリンが13得点、妹のステファニーが12得点と、姉妹揃って二桁得点の活躍を見せていた。
エブリンの声が小さくなったのは、ステファニーの成長について聞かれたとき。どうやら、すぐ近くで別の取材を受けていたステファニーに、自分のコメントを聞かれたくなかったようだ。
「いやぁ、めちゃめちゃ変わっている(成長している)と思います」とエブリン。「今、近くにいるので言いたくないですけれど、そろそろ自分、姉としても、1対1して勝てなくなってきたなぁ、と(感じています)」と、妹に聞かれないように、囁くような声で本音を明かした。
ステファニーがそれだけ成長したのには、理由がある。去年春にWNBAのニューヨーク・リバティのトレーニングキャンプに参加したのを皮切りに、活動の場を海外に移して、高いレベルに挑んでいるのだ。慣れ親しんだ日本国内の環境を抜け出すことで、さらなる成長をしたかったのだという。リバティのトレーニングキャンプには今年春も参加。
2年連続で開幕ロスターには残ることはできなかったが、世界一のレベルを肌で感じた。23-24シーズンは、スペインのリーグに所属するエストゥディアンデスのメンバーとして戦い、今年5月には来季に向けて、ユーロリーグでも戦うスペインの強豪、サラゴサに移籍している。
手応えと悔しさの両方を感じた1年余だった。
「(リバティから)カットされると、そのまま体育館から帰されて、チームとの接触がまったくなくなるんです。やっぱり悔しいですし、カットされることに慣れたくないなっていうふうには自分も思いました」と、ステファニーは振り返った。
「(リバティからは)ディフェンスの部分では去年のほうがよかったというフィードバックをもらったので、それはオリンピックや次のシーズンにつなげていけたらいいなと思います」
そんな妹を見守るエブリンは、22-23シーズンは心身を休ませるために「人生の夏休み」と称して、バスケットボールから1年間離れる選択をした。充電期間を経て、去年6月から現役復帰。現在は、Wリーグのデンソー・アイリスで活躍している。
エブリンに、どういう面でステファニーに追い越されそうかと聞くと、「それは、まだ言いたくない」と苦笑した。姉としてのプライドだ。そう言いながら、話しているうちに、妹を称賛する言葉が自然と出てくる。
「ステファニーはちっちゃい頃から割と器用な選手。そういう意味では、プレースタイルは(姉妹で)全然違うんですけど、ただ、そのステファニーが、器用さに加えて、最近はゲーム体力もついてきて、最後までシュートも決め切れるようになってきた。そういうマルチにできるところは、ちょっとかなわないなというふうに思いますね」
東京オリンピックのときは、姉妹は別のチームでオリンピック出場した。エブリンは5人制の日本代表、ステファニーは3x3の日本代表。エブリンは日本バスケットボール史上初の銀メダル獲得という快挙を成し遂げたが、ステファニーはオリンピックという舞台に飲まれ、力を出し切れずに準々決勝で敗退という悔しい結果に終わっている。今年のパリオリンピックは、姉妹で揃って5人制で金メダルを狙う。
パリオリンピックで、初戦の相手はアメリカ代表。東京オリンピックの決勝で、エブリンたちが敗れた相手で、現在、オリンピック7連覇中の強敵だ。リバティでステファニーのチームメイトだったブリアナ・スチュワートとサブリナ・ユネスクも名前を連ねている。トレーニングキャンプに参加したときには、お互いに「またパリで逢えたらいいね」と話していたという。
「リバティ(の開幕ロスター)に残れなかったことはちょっと悔しいので、オリンピックでやり返せたらと思います」
ステファニーはそう言うと、笑顔を見せた。初戦で優勝候補のアメリカと対戦することについては、「逆に言うと、思い切りできていいのかなというふうには思います」と前向きにとらえている。
「身構えずに、やることをやるだけですし、その相手にもちろん負ける気はないです。自分たちができることを1つ1つやれれば、勝てると思っています」
2人とも、日本代表としてオリンピックに出るモチベーションはいくつかある。ひとつには過去の悔しさを晴らすこと。特にステファニーは東京オリンピックで不完全燃焼だった悔しさや、リバティの開幕ロスターに残れなかった悔しさがまだ心の隅に残っている。
その一方で、姉妹揃って晴れ舞台に立つことで、これまで、苦しいときでも自分たちを支えてくれた人たちに恩返しをしたいという前向きな想いもある。
「こうやって代表に姉妹で選ばれるっていうのもすごく光栄なことですし、自分たちがここまで来るのにやっぱりイージー(簡単)ではなかったので。いろんな方の支えがあってここまで来れたと思うので、そういった方に感謝の恩返しの意味でも、すごく大きい機会になるんじゃないかなというふうに思います」とステファニー。
ガーナ出身の両親のもと、日本で生まれ育った2人は、日本代表として戦うために子供の頃に両親とともに日本国籍を取得した。自分たちのために日本国籍を取ってくれた両親の苦労や、まわりの子供たちと肌の色が違うことでの苦労など、過去の苦労したことは人一倍だ。
エブリンも言う。
「簡単ではなかったのはバスケットボールでも、バスケットボール以外のところでも、全部含めてです。そういう意味でも、いろんな人に支えてもらったのは間違いないので、パリに2人で行くことが一番の恩返しだなと思います」
FIBA