パリ五輪の男子日本代表のロスターが決まった。トライアウトの末、勝ち残った12人の選手のうち、10人の選手がアメリカなど、日本国外でのプレー経験がある選手たちだった。そして11人目として河村勇輝も、この秋にはNBAメンフィス・グリズリーズのトレーニングキャンプに参加することが決まっている。
そんな日本代表の変化を前に進めたのが、2019年の夏だった。
この年の7月、ラスベガスで行われたNBAサマーリーグに、日本代表から4人の選手が参加していた。その年のNBAドラフトでワシントン・ウィザーズに1巡目9位でドラフト指名された八村塁(ウィザーズ)と、2018年からNBAメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約していた渡邊雄太(グリズリーズ)に加えて、前年にオーストラリアNBLに挑んでいた比江島慎(ニューオリンズ・ペリカンズ)、そしてBリーグのアルバルク東京での優勝とMVP受賞という実績を引っ提げてアメリカ挑戦への一歩目を踏み出した馬場雄大(ダラス・マーベリックス)。4人全員が、その年の9月に行われたFIBAワールドカップでの日本代表メンバーだった。
サマーリーグ中、4人はお互いの忙しいスケジュールの合間にいっしょに食事をしたことがあった。そして、そこでは単に自分たちの目の前にあるNBAサマーリーグの話だけでなく、2ヵ月後のワールドカップでどんな戦いをしたらいいか、熱い話をかわしたのだという。・
2019年夏といえば、日本代表がぎりぎりでワールドカップ出場を決め、どん底を抜け出そうとしていたときだ。まだ世界を相手に勝てない時代の記憶は新しかった。その中で、4人はみんな、自分たちがそんな日本代表を強くしたい、変えたいという思いを強く持っていた。そのためにも、一選手としての力を上げることも必要だと痛感していた。彼らが日本を飛び出て、海外の厳しい環境に挑むことにした根底には、そんな志があった。
当時、渡邊がこんなことを話していた。
「この間も4人で食事に行ったときも、代表の話になってすごく盛り上がりました。どういうラインナップだったらどういう動きになるだとか、そういう話をしました。もちろんコーチ陣が決めることなんですけれど、自分たちのそういうアイディアを話したり、ワールドカップ前の試合も含めて、相手チームのことや、そういうチーム相手にも勝てるんじゃないかとか。みんな自信に満ち溢れていて。代表に向けての熱が高まってきました」
実はその数年前まで、選手が日本代表と海外挑戦の間で、どちらかを選ばなくてはいけなかった時代があった。日本代表として活動することに誇りを持つ選手も少なかった。
それが、このときは日本代表の中心となる選手が4人も同時にNBAのサマーリーグに出て、4人とも代表として戦う自覚を持っていた。世界を相手に自分たちの力を証明したと思っていた。そして、そういった彼らの挑戦を、協会も支援していた。そういった面で、この夏は日本バスケットボール界が変わり始めていたことを象徴するできごとだった。9月に中国で行われたワールドカップでは1勝もできずに終わってしまったのだが、それでも、時代は少しずつ動き始めていた。
あれから5年。彼ら4人は今夏のパリ五輪の日本代表でもリーダーとしてチームを率いている。
パリ五輪前の日本国内での強化試合最終戦後に、馬場に、当時の経験の意味について改めて聞いてみた。馬場にとって、2019年のサマーリーグは、海外挑戦のスタート地点。その後、ダラス・マーベリックスのトレーニングキャンプに参加し、Gリーグのテキサス・レジェンズやオーストラリアNBLのメルボルン・ユナイテッドでプレーしている。昨季はBリーグの長崎ヴェルカで1シーズンを過ごしたが、今でも、またNBAという目標は諦めていない。
「今もどこかにあるんですけれど、正直、あのときは絶対通用するっていう根拠なき自信があった。あの舞台にいって、手応えもあって、自分自身。やっぱり海外でやりたいっていう思いが強くなった大会でした。だから、やれた部分もあった一方で、チャンスくれたらもっとやれるっていうことも思っていた。だから、あの経験は、海外でやるってことに関して、さらに背中を押してくれたというか。自分の中で漠然としていたものが明確になった大会ですね」
あのサマーリーグに出ていた4人が、今回も日本代表の中心となっていることについても、それなりの理由があると言う。
「志高く、自分に限界を決めずに挑戦し続けた選手っていうのは、やっぱり自然とそういう国を背負う選手になると思います。塁や雄太はあれだけの結果を残していますし、僕らも向上心を持って次へ次へと思ってやっている。そういう気持ちがあれば、本当に他の人にも伝染させることができると思う。そう思えた選手がやっぱりこの代表の核にもなっているのかなというふうに思います」
自分の力がどこまで通用するか試したいという思いは、選手なら誰でも持っているものなのかもしれない。それを行動に移し、個人としても、日本代表としても上を目指してきた選手たち。彼らの思いは、今では間違いなく多くの選手に広まってきており、少しずつ強くなってきた日本代表の土台を支えている。